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その他のCOVID-19ワクチンの遺伝子コードとタンパク質について

他言語版: English (original version) / 中文

この記事は bert hubert 氏による記事 The Genetic Code and Proteins of the Other Covid-19 Vaccines の日本語訳です。日本語訳の誤りの指摘などは masahiro.sakai@gmail.com もしくは @masahiro_sakai まで。

ビオンテックとファイザーのSARS-CoV-2ワクチンのソースコードのリバースエンジニアリング」への補足として、ここでは他のワクチンの遺伝子コードについても見ていきましょう。 この記事を掘り下げて読む前に、先の記事を少なくともざっと読むことをおすすめします(既にmRNAの修飾塩基やタンパク質発現の仕組みに精通しているなら別ですが)。

すべてのワクチンについての極めて広範な背景を知りたければ、Derek LoweHilda Bastian らの投稿を読むことをオススメします。 Derek と Hilda は関連する出来事のほとんどを追っています。 彼らのブログの更新をチェックしてみてください。

この投稿では、既に販売開始しているかあるいはそれが近い主要なSARS-CoV-2ワクチンについて、その遺伝子的な違いを取り上げます。

簡潔に言えば、大きく分けて四種類のワクチンが(ほぼ)準備できています: mRNAワクチン、ウイルスベクターワクチン、サブユニットワクチン(組換えタンパクワクチン)、弱毒化・不活化ワクチンです。

弱毒化・不活化ワクチンは、死んだSARS-CoV-2ウイルスかもしくはSARS-CoV-2ウイルスの無害な変種と、それにしばしば免疫系を怖がらせてアクションを起こさせるための「アジュバント」(adjuvant)を加えたものを含んでいます。 遺伝子的な観点からはあまり特筆すべきことはないので、ここでは深く取り上げず、他のカテゴリーに移りましょう。

mRNAワクチンと、ウイルスベクターワクチンは、我々自身の細胞の一部にSARS-CoV-2の小さいながらも重要な部分、有名なスパイクタンパク質を生産させることを試みています。 これがうまく行くと、私たちの体は、スパイクタンパク質と(重要なことに)細胞がこのタンパク質を生産しているという兆候の両方に対して、完全な免疫反応を起こします。

それに対して、サブユニットワクチンは、スパイクタンパク質それ自体を注射しますが、この場合にも免疫反応が起こるように工夫されています。

このページでは以下のワクチンを見ていきます。

  • ビオンテック(BioNTech) / ファイザー(Pfizer) / 復星医薬(Fosun): BNT162b2、トジナメラン(Tozinameran)、コミナティ筋注(Comirnaty) などとして知られるワクチン。修飾塩基を用いたmRNAを脂質ナノ粒子に包んだワクチンで、改変されたスパイクタンパク質を発現する。
  • モデルナ(Moderna): mRNA-1273もしくはCOVID-19ワクチンモデルナ筋注として知られるワクチン。修飾塩基を用いたmRNAを脂質ナノ粒子に包んだワクチンで、改変されたスパイクタンパク質を発現する。
  • キュアバック(Curevac): CVnCoV。修飾されていないmRNAを脂質ナノ粒子に包んだワクチンで、改変されたスパイクタンパク質を発現する。
  • オックスフォード(Oxford) / アストラゼネカ(AstraZeneca): AZD1222、オックスフォード=アストラゼネカCOVID-19ワクチン、コビシールド(Covishield)、ChAdOx1 nCoV-19、バキスゼブリア筋注などとして知られるワクチン。ウイルスベクターワクチンで、未改変のスパイクタンパク質を発現する。
  • ヤンセンファーマ(Janssen) / ジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson): Ad26.COV2-S や JNJ-78436735 として知られるワクチン。ウイルスベクターワクチンで、改変されたスパイクタンパク質を発現する。
  • ガマレヤ記念国立疫学・微生物学研究センター(Gamaleya Research Institute of Epidemiology and Microbiology): スプートニクV(Sputnik V)、Гам-КОВИД-Вак、Gam-COVID-Vac などとして知られるワクチン。二種類の異なるウイルスを使うウイルスベクターワクチンで、スパイクタンパク質が改変されているかは不明。ただし、Twitterアカウントはあります!
  • ノババックス(Novavax): NVX-CoV2373。サブユニットワクチンで、二重に改変されたスパイクタンパク質を含み、また「アジュバント」を用いています。

ここから、mRNAワクチンには修飾塩基の使用有無が異なるものがあること、またワクチンによって改変の有無が異なるスパイクタンパク質が用いられていることがわかります。 また、このリストの中では、CVnCoV、Ad26.COV2-S、NVX-CoV2372については販売承認を得られておらず、それ以外は広く使われているかそれに近い状況です。

mRNAワクチン: ビオンテック、モデルナ、キュアバック

前の投稿で、ビオンテックとファイザーのワクチンがmRNAの塩基を修飾することで細胞自身の免疫系を避けていることを説明しました。 このことは Derek Lowe も RNA Vaccines And Their Lipids (RNAワクチンとその脂質) で取り上げています:

“シュードウリジン(pseudouridine)や1メチルシュードウリジン(1-methylpseudouridine)といった修飾された塩基も用いられています。 これらはリボソームでは本来の対応する塩基(この場合には古きよきウリジン、U)として扱われる一方で、mRNA鎖をより安定にさせ、またそのmRNA自体に対する免疫反応を引き起こしにくくするのです。”

モデルナのワクチンとビオンテック/ファイザーのワクチンはそのような修飾されたmRNAを用いていますが、完全に同じ修飾を用いている訳ではないのだろうと思っています。 しかし、モデルナのワクチンとビオンテックのワクチンは多くの点でとても似ています。 残念なことに、モデルナはワクチンのRNA列を公開していないので、直接比較することはできないのですが。 (訳注: その後、スタンフォード大の研究者がモデルナのワクチンのシーケンシング結果をGithubレポジトリで公開しています。ただし、これには修飾塩基の情報は含まれていません。)

キュアバックのワクチン候補 CVnCoV は通常のmRNAを用いていますが、その末尾は特別に設計されています。 この点について気になっていたところ、キュアバックの創業者 Ingmar Hoerr に Linkedin で会う機会がたまたまあったので、聞いてみました。

彼は(親切なことに)公の場で答えてくれました:

“何のために化学的な修飾を行うべきなのかが問題です。 Kariko と Weismann が発表したように、タンパク質の遺伝子発現が免疫反応を避けるためには意味があると思います。 しかし、ワクチンに関しては化学的修飾を行う必要性に納得できていません。”

そして、彼はmRNA企業を創業したのですから、彼は自分が何を話しているのかよく理解してると考えるべきでしょう。

mRNAの修飾塩基については複数の特許があるので、修飾されたmRNAを用いないことには知的財産的な理由があるのかも知れません。 ただし、キュアバックは知財が理由ではないとツイートで否定しています:

“こんにちは。mRNA技術のパイオニアとして我々は常に非修飾のmRNAの最適化に取り組んできました。 私たちの手にかかれば、mRNAの特性を強力に調整することができます。 私達の技術は差別化された作用機序を提供できる強力なアプローチであり、知財を理由として方向づけられたものではありません。”

通常のmRNAは免疫系を怖がらせるので、それ自体がワクチンの有効性を大きく改善する可能性のあるアジュバントとして作用します。 しかし、一方で研究によれば修飾されたmRNAは2桁多いタンパク質の発現を示しています。 そのため、私には修飾されていない通常のmRNAを用いるのが良い考えなのか、よく分かりません。 CVnCoVの動物実験の結果のパフォーマンスは、今の所、幾分凡庸な結果であるようです

ウイルスベクターワクチン

前のビオンテックとファイザーのSARS-CoV-2ワクチンについての投稿で言及したように、mRNAワクチンはmRNAを我々の細胞に紛れ込ませることで、我々の体を騙して(改変された)スパイクタンパク質を作らせます。 このmRNAは細胞内で律儀に読み込まれて、スパイクタンパク質が発現するのです。

これらのmRNAワクチンはとても良く機能しますが、おそらくそれは単にスパイクタンパク質が作られるだけでなく、その過程がとてもウイルスっぽい方法だからというのもありそうです。 我々の免疫系にとって極めて教育的、つまり非常に本物っぽく見えるのです。

ウイルスっぽい経験をさせる別の方法は、実際の(無害な)ウイルスを用いることです。 ただし、まずそのウイルスにSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を作る命令を備えさせる必要があります。

ワクチンは細胞にその無害なウイルスを限定的な形で感染させ、mRNAワクチンと同じようにスパイクタンパク質を生産させるのです。 それによって、免疫系の反応が引き起こされ、あとは同様です。

オックスフォードとアストラゼネカのワクチン、ヤンセンファーマのワクチン、スプートニクワクチンは、いずれもアデノウイルスを「ベクター」として用いています。 オックスフォードのウイルスベクターは「ChAdOx1」と呼ばれ、ヒト由来とチンパンジー由来の2つの異なるアデノウイルスが元になっています:

“ChAdOx1は、チンパンジーのアデノウイルス(ChAd)の血清型Y25を、λ-red 組み換えにより、本来の E4 orf4 遺伝子、orf6 遺伝子、orf6/7 遺伝子をヒトアデノウイルスHAdV-C5のものと交換して作られたものです。”

ヤンセンファーマのワクチンはAd26が元になっていますが、このウイルスが最初に分離されたのが9ヶ月の子供からだということを知れば喜ぶ人もいるかも知れません。

“タイプ26のアデノウイルス(Ad26)の野生型は、1956年に9ヶ月の男児の肛門から採取されたサンプルから分離されました。”

あなたがこれを知っておくべきだったということに私は賭けます。

mRNAワクチンとウイルスベクターワクチンの間には幾つか重要な違いがあります。 アデノウイルスは頑丈な二本鎖のDNAウイルスなのです。 一方、RNAワクチンは冷却や取り扱いに厳しい要件があります。

DNAはRNAと比べると極めて安定しています。そのため、例えば5万年前の骸骨から無傷のDNAを採取することも日常的に行われています。 ウイルスベクターワクチンは特別な冷却は不要ですし、振動を加えたって大丈夫だし、さらには太陽光のもとでワクチン接種をしたって大丈夫です。 これらはとても重要な利点です。

ウイルスは生産を極めて容易にするように改変されています。 1グラムのワクチンでさえ凄まじい量なのですが、ヤンセンファーマは現在1000リットルのタンクを使っていると報告しています。

さて、ここで心配になるのは、ウイルスベクターワクチンを摂取すると、ウイルスベクターそれ自体と、スパイクタンパク質の両方への抗体を獲得してしまうのではないかという点です。 もしそうだとすると、このテクニックは一人あたり一回だけしか使うことができないということになります。

しかし、どうやらこれは杞憂だったようです。 ひょっとすると、ウイルスベクターは我々の免疫系の関心をあまりひかないよう、十分に改変されていたのかも知れません:

自然免疫もしくはベクターによって獲得された既存のAd26への免疫による明確な影響は、臨床試験を通じてこれまで観測されていません。 Ad26ベースのワクチンの反復投与を評価した臨床試験の結果では、2回目以降の投与でも体液性および細胞性の免疫反応を高めることができたことが確認されています。 - 複製不能Ad26ウイルスベクターを用いたワクチン:リスク便益分析のための主要な検討事項を記載した標準テンプレート.

ベクターとして用いるウイルスに対して行われている重要な改変点は、複製しないようにしてある点です。 ひょっとしたら、それが(実効的な)免疫反応を引き起こさないために重要な点なのかも知れません。

オックスフォードとアストラゼネカのワクチン

なんと言ったらよいか。このワクチンの臨床試験のプロセスはかなり混乱したものでした。 複数の方式で臨床試験が行われ、それらの結果が組み合わされたのです。 データの一部は、ワクチンの投与量が間違っていたので無効になるかも知れません。 また、副作用に関する醜い訴訟が幾つか起こっています。 これらは愉快な話ではありません。

これらは必ずしもワクチンが良くないということを意味するわけではないですが、ゴタゴタした状況にあるのは間違いありません。

1月12日にはアストラゼネカは欧州医薬品庁(EMA: European Medicines Agency)に条件付き販売承認を申請しました。 運が良ければ、申請されたデータから状況がより明らかになるかも知れません。 他の様々な国でもこのワクチンは承認されています。 初期のデータを見る限りでは、65歳以上へのワクチン接種の有効性についてはよく分かっていないようです。

このAZD1222ワクチンに関しては一つ際立った点があります。 改変していないスパイクタンパク質を用いる唯一のワクチンなのです。

タンパク質を改変するのは何のためだったでしょうか?

SARS-CoV-2の実際の粒子を見てみると、スパイクタンパク質は沢山のトゲトゲとして見えます:

SARSウイルスの粒子 (Wikipedia)

SARSウイルスの粒子 (Wikipedia)

このスパイクはウイルス感染の際の「膜融合」(fusion)の過程に関わります。 この点については前の記事でも少し取り上げましたが、ここではもう少し掘り下げましょう。

これらのスパイクは、SARS-CoV-2の外部に備え付けられた状態では融合前の立体配座(=形状)で安定してますが、単独の状態(ウイルス全体を生成しないワクチンによって生成された場合など)では立体配座は容易に変化してしまうのです。

これを理解する考え方は、スパイクが融合に成功した場合、融合後の状態はより低いエネルギーの状態になっているというものです。 逆に考えると、融合前の状態のスパイクは「張り詰めた弦」なのです。 ネズミ捕りがセットされた状態と比べて考えてみると良いでしょう。 タンパク質は、融合するチャンスがあれば、その張力(エネルギー)が開放され融合が起こってしまうのです。

これを踏まえれば、ウイルス本体に備え付けれていない状態の独立したスパイクが、揺すられたネズミ捕りのように、よりエネルギーの低い状態に戻ってしまうのは、不思議なことではありません。

ここでの問題は、我々は免疫系に融合前のスパイクに対する免疫を身につけて欲しいということです。 それなのに、放っておくとスパイクは潰れてしまう可能性があり、結果として得られる抗体もあまり役に立たない抗体、つまり融合後のスパイクという誤った対象に最適化された抗体になってしまう可能性があるのです。

現在のところ、これがどれだけ深刻な問題なのか結論は出ていません。 他の幾つかのウイルス(例えばRSVウイルス)では、タンパク質の立体配座は大きな影響がありました。

SARS-CoV-2のワクチンの多くは、2つのアミノ酸をプロリン (Proline) に置き換えるることで安定性を大幅向上するよう、微妙に改変したS遺伝子を使うことを選んでいます。 ラボでの実験ではこれにより発現を15倍増やす効果がありました。 さらに「HaxaPro」改変を行うことで更に大きな効果があります

オックスフォードとアストラゼネカのワクチンが未改変のスパイクを用いていることが、このワクチンのこれまでに報告されている若干残念なパフォーマンスの原因なのかは分かっていません。 S遺伝子の改変を避けた理由として、知財面の考慮があったかは気になるところです。

注記:AZD1222は鼻腔内投与時によく機能するかも知れません。 この研究では、鼻孔から接種した際に、注射した場合よりもよい結果が得られています。

ヤンセンファーマのAd26ワクチンは、2箇所のプロリン改変を含んでおり、1月21日には得られるであろう、その試験結果の数字を心待ちにしています。 抗体数に関する初期のデータでは有望そうです

ひょっとしたら、ヤンセンファーマのワクチンはとても安定した一回接種のワクチンというソリューションになり得るかも知れません。 そうなったらとても素晴らしいことです

最後に、スプートニクVワクチンは一つではなく複数のウイルスベクター、一つはAd5由来のもの、もう一つはAd26由来のものを使っています。 このワクチンの臨床試験は混乱しており、政府の承認は控えめに言っても奇妙なものでした。 また、ワクチンに何が含まれているか、またスパイクタンパク質の何らかの改変が行われているかなどもよく分かっていません。 しかし、価値のあるワクチンであることが判明する可能性もあります。

サブユニットワクチン

サブユニットワクチン(組換えタンパクワクチン)はDNAもRNAも含まないので、ここで取り上げるのはちょっと奇妙かも知れません。

他のワクチンは、いわばIKEA方式のDIYキットですが、ノババックスのNVX-CoV2373は安定化させたスパイクタンパク質自体を直接注射します。

このタンパク質は27.2nmのナノ粒子の一部になっています。

NVX-CoV2373 が含んでいるスパイクタンパク質はプロリン置換で改変されています。 それに加えて、タンパク質分解酵素から保護するために三箇所のアミノ酸が改変されています(682-RRAR-685 から 682-QQAQ-685 への変更)。 それにより、免疫系が仕事にとりかかるのに十分な時間の間、タンパク質を維持できると期待されます。

このワクチンでは細胞に実際に感染するわけではないので、免疫系を刺激するためにはアジュバントが必要になります。 使われているアジュバントは Matrix-M という刺激的な名前で、植物からとれる天然の化学物質サポニンがベースになっています。

この組み合わせもうまく機能するようです。 この場合のスパイクタンパク質は我々の細胞によって作られるわけではなく、バキュロウイルスに感染させた昆虫の細胞を用いて生産します。

まとめ

多くの実証済みもしくは今後期待が持てるワクチンがあることがわかりました。 修飾されたRNAを用いるものもあれば、修飾されていないRNAを用いるものも、またアデノウイルスを用いるものもありました。

どのワクチンもスパイクタンパク質を用いていますが、改変していないスパイクタンパク質を用いているワクチンが1つ、一種類の改変を行ったワクチンが3つ、2種類の改変を行ったワクチンが1つありました。 スプートニクVワクチンについては不明ですが、彼らのTwitterアカウントに聞いてみることができるかも知れません

まもなく、アデノウイルスを用いたワクチンの幾つかがどれだけ有効かが明らかになるでしょうが、初期の結果からは非常に有望そうです。 同じことは NVX-CoV2373 についても言えます。